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2015年5月10日日曜日

相互情報量と記号過程

定義:「AがBについて情報を持っている」というのは、あるエージェントCが、AをもとにBについて実現確率の高い予測を行うことができる、ということである。そのような予測が可能であるためには、AとBの間に何らかの相関がなければならない。

確率論や情報理論に、二つの変数間の相互依存の度合いを表す尺度として相互情報量(mutual information)という概念があるが、上の情報の定義は、二つの点において相互情報量の概念を拡張したものである。一つは、AとBを「変数」に限定しない点。一般に、Xが変数であるためには、Xの取り得る値が一つのクラスを形成している必要があるが、上の情報の定義ではA、Bともにsui generisであっても構わない。

二つ目は、相関関係を解釈するエージェントCが定義に含まれている点。明らかに、情報はそれを情報として解釈するmindが存在しなければ、そもそも情報として成り立たない。同じ記号列であっても、ある解釈者には情報として認識され、別の解釈者には単なるノイズとして処理され得る。したがって情報伝達が成立するための要件として、適切な背景知識を持った解釈者の概念が不可欠である。相互情報量の場合、解釈者はデータを解析する科学者自身であるからそれを定義に含める必要はない。しかし私が関心を持っているのは情報が解釈者に伝達される過程なので、私の情報の定義には解釈者を不可欠な要素として含める。

さて、ここでPeirceの記号の定義に沿って情報伝達の過程を見て行こう。Peirceによれば、記号には三つの要素がある。すなわち、記号そのもの(狭義の記号)、その対象、そして解釈項である。記号そのものは、目の前に現われている何か、何らかのmanifestationである。上の情報の定義ではAに相当するものとしよう。記号の対象とは、何らかの仕方でその記号と相関付けられた何かである。したがって上の情報の定義ではBに相当する。記号は、対象との相関の仕方に応じてイコン、インデックス、シンボルの三種類に分類されるが、ここでは記号一般を考察する。一般に、BがAの対象だからといってAがBの対象とは限らない。これはAとBが異なる存在論的身分を持ち得るからである。最後に、解釈項とはAとBの相関をestablishする何かである。つまり解釈項がAとBを相関付けるのであり、それがなければそもそもAとBの相関は成立せず、したがって情報伝達も起きない。なお、厳密に言えば「解釈項」(interpretant)とは主体としての「解釈者」(interpreter)ではなく、解釈者の精神の中にある、相関を成立させる概念である。

上で述べた記号の定義を、具体的な例で考えてみよう。ある登山者が動物の足跡を発見し、それをもとに、自分の近くに熊がいると考えたとしよう。ここで(狭義の)記号Aは足跡であり、Aの指示対象Bは熊であり、解釈項Cは登山者の背景知識である。登山者の背景知識により、足跡と熊が相関付けられ、その結果、(登山者の背景知識が適切であれば)足跡の指示対象たる熊について実現確率の高い予測(この方向に行けば、太く短い四肢を持った大型の哺乳類が出没するだろう、等々)を行うことができる。

この過程を次のように表現することもできる。すなわち、記号Aと対象Bの相関が、解釈項Cに伝染し、BとCの間にも相関が生まれた、と。例えば登山者が、一緒にいる人間に「熊がいるから気を付けろ」と言うかもしれない。この場合、AとBの相関が、Cを介してさらなる解釈項Dに伝えられている。ここで解釈項Dにとって、AとBの相関を成立させた概念C(の表現としての登山者の発話)が記号であり、Bがその指示対象である。つまり、先の記号作用において解釈項だったものが、新たな記号作用において記号となっているのであり、新たな解釈項Dが、CとBとの間に相関をestablishしている。無限に連鎖し得るこの作用を、Peirceは、おそらく紀元前1世紀のエピキュリアンであるフィロデモスの著作「推論の方法について」から語を借用して、「記号過程」(semiosis)と呼んだ。記号過程により、元の相関関係が次々と伝染していき、対象Bについての情報が流れていく

最後に、情報の「形相付与」としての側面について。英語のinformationの語源を遡れば、「形相を付与する」という意味のラテン語の動詞informareから来ていることが分かる(Capurro & Hjørland, 2003, "The Concept of Information"を参照)。未だ述語付けられていない目の前の何かに形相を付与する、つまり主語実体を述語付けることによって、その目の前の何かが、いわば相関関係のネットワークの一つのノードになる。こう考えることによって、私が本記事の冒頭で与えた情報の定義を、Peirceが1867年の論文"Upon Logical Comprehension and Extension"で与えている情報の定義と整合化させることができる。