Totus Teres atque Rotundus
And those who were seen dancing were thought to be insane by those who could not hear the music.
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2012年2月12日日曜日
脳の研究における解釈学について
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『ダイナミックな脳』での津田一郎氏の解釈学的行為の考え方について、ツイッターで、「相手が自分と類似した生命である場合とそうでない場合の違い(程度の差なのか、本質的な差なのか)についってもっと敷衍して欲しかった」と述べたが、再度読み込んでみて、彼が言わんとしていることをある程度汲み...
2011年12月18日日曜日
ハイエクの自生的秩序概念と目的独立性について
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ハイエクの自生的秩序概念に関して、読書会で「設計主義的な伝統が自生的に生じることはありえないのか」という質問があった。これは私自身もハイエクに初めて触れたときに抱いた疑問で、彼の自生的秩序概念を理解する上で非常に重要な疑問だと思うので、本稿を機会に詳しく説明してみたい。結論から言...
2011年12月5日月曜日
【書評】 ハイエクのポリティカル・エコノミー : 秩序の社会経済学 (スティーヴ・フリートウッド)
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原著:Steve Fleetwood, Hayek's Poltical Economy: The Socio-economics of Order 本書は「批判的実在論」(critical realism)という新しい見地からハイエク哲学の変遷を描くという、一風変わ...
2011年11月3日木曜日
ヴィトゲンシュタインにおける二つの限界と、「実在」の影
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入不二基義さんを読んで、私が以前導入した、ヴィトゲンシュタインの言う「言語の限界」には二つあるんじゃないかという理解の妥当性をますます確信できるようになった。 ヴィトゲンシュタインが「この言語(私が理解するただ一つの言語)の限界が、私の世界の限界を意味する」と言うとき(『論考...
2011年10月28日金曜日
設計主義のなにが問題なのか? : ハイエクの知識論
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以下の文章は、仲正昌樹『いまこそハイエクに学べ: 〈戦略〉としての思想史』の第一章「設計主義のなにが問題なのか?」(p.25-66) を題材にした読書会のレジュメである。 仲正氏はハイエクの思想史的アプローチに焦点を当てて彼の設計主義批判を素描している。仲正氏の整理は要領を...
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2011年10月15日土曜日
タルドの社会理論と「法則」に関するメモ
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タルドの社会理論は非常にいい感じだけど、微かに設計主義の残り香を感じてしまう。実際に読んでないのでなんとも言えないが、例えば『社会法則』ではこう述べられている。 「そのような美しい調和が起こるためには、その調和が実現される以前に、誰かによって認識されなければならない。社会的調和...
2011年9月10日土曜日
社会正義の要求と企業の役割の肥大化
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本記事は、F.A. Hayekの二つの論文:「「社会的」という言葉―それはなにを意味するのか」("What is 'Social'? — What Does it Mean?") と、「民主主義社会における企業―だれの利益のため?」(...
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