2011年3月20日日曜日

トービン税と貨幣発行自由化

以下の文章は『帝国の条件:自由を育む秩序の原理』における橋本努氏の「トービン税と世界通貨の育成」構想をまとめたものである。



市場経済のグローバルに対する批判的言説として、「国際的な投機資金の流れが世界の諸地域を不安定に陥れているのではないか」という声が聞こえ始めて久しい。このような懸念は90年代の諸地域における経済危機――1992~93年の欧州通貨危機、1994~95年のメキシコ債務危機、1997年のアジア通貨危機など――から想起されるだろう。もし市場経済のグローバル化の本質が「投機駆動型の不安定な世界再編」にあるとすれば、我々は如何にしてこの過程を飼いならすことができようか。

このような問題は、経済学の古くて新しい問題である。というのも、「投機による市場の攪乱」という問題は、既にケインズがその主著『一般理論』において取り組んでいる。ケインズによると、市場経済は人々の慣行的(コンヴェンショナル)な行動によって安定性を獲得する一方で、もしその慣行に変化が現れると、それを先読みしようとする群集的な投機行動の結果として、累積的な不均衡化に陥る場合があるという。実際このような投資家集団による市場の攪乱は、90年代の諸々の通貨危機において共通する現象であったと言えるだろう。

そしてケインズ派の経済学者たちはこの問題――「国際金融市場の不安定化を如何に飼いならすか」――に早くから取り組んできた。例えばノーベル経済学者のジェームズ・トービンは、既に1970年代の時点で国際金融市場の不安定性を取り除くための為替取引税案というものを提案している。為替取引に対する課税によって投機資金の移動を抑え、国際金融システムの安定化を図ろうという構想である。「トービン税」と呼ばれるこのアイデアは、発表当初こそほとんど無視されたものの、90年代におけるいくつかの金融危機を契機に、最近注目度が高まっている。とりわけフランスの社会運動組織「アタック(ATTAC)」がトービン税の導入を掲げて国際的な社会運動を展開し、この運動は現在「もうひとつの世界は可能だ」というスローガンを掲げる「世界社会フォーラム」に発展的に継承されている。

いまや「トービン税」に賛成する人々は市場を民主的に管理することが望ましいとするケインズ=マルクス的な左派イデオロギーの信奉者で、反対する人々は新古典派的な市場至上主義者である、というような思想的図式が一般的であるように思える。しかし、このような理解は単純に誤りである。実際トービン税を提案したトービン自身も、ケインズには共感を寄せるとしても、ケインズとマルクスを結びつける左派のイデオロギーには反対していた。トービン税の構想は今後の世界秩序を展望する上で思想的に開かれた問題を提起しているのである。

さて、 『帝国の条件: 自由を育む秩序の原理』において橋本努氏が提示している「トービン税とハイエクの貨幣発行自由化論を融合させる」というアイデアを、以下に紹介したい。そのためにまず、トービン税の具体的な制度案を説明したい。

トービンがトービン税のアイデアを提出した際の具体案として、スポット取引(現物取引)に対して取引額に応じた一律の課税(1%)を提案している。スポット取引に課税すれば、短期的な資金の移動を減少させるインセンティヴが働くだろう。またトービン税の徴税機関としては様々な案があるが、さしあたって各国の税務局や金融当局が徴収することになるだろう。そして各国政府は徴税したトービン税のいくらかをIMFや国連などの国際機関に配分するよう求められるだろう。どの機関がトービン税を徴収するかという問題は、トービン税の税収をどのような用途に使うかによって決まるだろうが、いずれにせよトービン税の構想は、経済のグローバル化の恩恵を受ける人々から徴税することによって、相対的に恵まれない人々のために使われることになるだろう。

しかし、トービン税には一つ決定的な懸念がある。それは、「トービン税を徴税することによって市場が逆に不安定化するのではないか」という根本的な疑念である。理論的に言えば、為替取引の多くは実物取引に伴う為替リスクをヘッジ(回避)することを目的としているが、トービン税が導入されると取引者たちはよりコストのかかるヘッジを強いられるようになり、その結果として取引が全体的に短期化すると思われる。実際、トービン税を課すと為替レートのボラティリティ(変動率)が上昇するという実証研究も存在する。つまり、トービン税の導入は、ヘッジ技術の制約から、投機による市場の不安定性がかえって増すのではないか、という指摘である。トービン税を導入するにあたっては、このような可能性を仔細に検討する必要があるだろう。

次に、トービン税の導入から、最終的には貨幣発行権の民間譲渡(ハイエクの貨幣発行自由化論)に至るまでのシナリオを描いていきたい。トービン税が導入されると、市場参加者たちはこの課税を避けようとして、通常の為替取引に代わる金融派生商品を開発するだろう。あるいはまた人々は、自国の通貨を用いずに、なるべく為替取引の必要のないように、世界的に流通しているドルやユーロを使うようになるだろう。とりわけ小国にとっては、自国の通貨を用いるよりはドルを用いた方が経済効率に優れていると見なされるだろう。反グローバリズムの立場からすれば、これらの動きは望ましくないだろう。彼らは「市場の安定化と管理」という観点から、「金融派生商品に対してもトービン税を課す必要がある」、あるいはドルやユーロのヘゲモニー化(権力集中)に対しても、これに抗いつつ、「途上国が国民通貨の発行権を主体的に確立するべきだ」と主張するだろう。

しかし、このような対応には限界がある。金融派生商品にもトービン税を課すとしても、それを回避するための新たな金融派生商品が次々と開発され、イタチごっこと化すだろう。また、ドルやユーロの「ヘゲモニー化」に人為的に抗うことは自国の経済を不利に晒すことになるため、あまり現実的な選択肢とは思えない。ハイエク的に発想するならば、我々の「設計主義的理性の限界」を「進化論的理性の成長」によって補っていく必要があるのだ。貨幣システムに即して言えば、我々は複数の世界貨幣が市場の中から自生的に生成するようなシステムを構築する方向に向かうしかない。

そしてその場合、トービン税は、市場の内部から世界貨幣を生成するための第一ステップとなる。もちろんトービン税の直接の目的は金融市場の安定化(と一定の税収の確保)であるが、その意図せざる結果として世界貨幣の創出を期待できるかもしれない。というのも、トービン税を回避するための金融手段が発達して、それが世界貨幣へと進化するかもしれないからである。

例えば各国の企業は、為替取引に課されるトービン税を回避するために多国籍企業化し、仮想の貨幣尺度を用いた企業内決済システムを発展させていくかもしれない。また生産コストの計算や賃金制度も、その新しい貨幣尺度に基づいて行われるかもしれない。世界を飛び回りながら仕事をすすめるコスモポリタン社員には、通貨バスケットにペッグ(固定)した賃金の支払いがなされるかもしれない(これは既に一部の国際機関で導入されている)。また国際金融市場においても、 金融派生商品がいっそう進化していくだろう。例えばピーター・ガーバーによれば、トービン税を回避する手段として、三日後の先渡し取引に代えて、三日後満期のアメリカ国債と日本国債を交換するという取引が生まれるかもしれないという。この場合、国債は決済手段として貨幣性を帯びることになるが、ここでもし国債の売買に対してもトービン税が課されるようにばれば、今度はこの課税を逃れるために、小麦をベースにした代替取引や、S&P500株価指数をベースにした取引が開発されるかもしれない。あるいは金(ゴールド)が再び貨幣として登場するかもしれない。課税回避手段はさらに、通貨と財務省証券とのスワップの組み合わせを生み出すかもしれない。

さて、このような金融派生商品が高度に発達した段階こそが、 ハイエクの貨幣発行自由化を導入するタイミングである。ハイエクの貨幣発行自由化とは、中央銀行による貨幣の独占的な発券を改めて、民間の銀行や企業が、それぞれ独自の流通手段を発行できるように制度を変えるという制度改革案である。フリーバンキング論を支持する人の多くは、「金」を100%準備とした民間銀行による自由な貨幣発行を求めてきたが、これに対してハイエクは、金を100%準備する必要はなく、どんな方法で発券しても構わないとしている。例えば私が貨幣を刷って、それを発券することもできる。もちろん貨幣は信用が無ければ流通しないので、貨幣発行者は貨幣の流通に必要な諸条件(流通範囲、受領可能性、持続可能性に対する信頼など)を自ら整備しなければならない。ハイエク的な自由貨幣制度の下では、貨幣は通常の商品と同様に市場メカニズムを通して受け入れらたり拒否されたりするだろう。ハイエク的な貨幣制度では、ひとえに信用のある貨幣は成長し、信用の無い貨幣は淘汰されていくことになる。

もしこのような貨幣発行自由化政策が実現できれば、例えばVISAやマスター・カードといった信販会社が、世界に流通する独自の貨幣を発行するかもしれない。あるいは米が主食の諸地域では米の価格にペッグされた通貨が信用を得て成長するかもしれないし、あるいは複数の農作物や商品のバスケットにペッグされた通貨の生成も考えられる。またローカルなレベルでは、現段階では「商品券」に過ぎない地域通貨が、法的に通貨の地位を獲得して、地域の活性化を促すことになるかもしれない。

このような段階に来て、仮に国際機関がVISA通貨やマスター・カード通貨にトービン税を課税したとしたら、今度はこれらの貨幣がますます流通圏を拡大させることになるだろう。(なぜなら、人々は課税を回避するためにドルやユーロに代えて専らVISA通貨やマスター・カード通貨を利用するようになるだろうから。なぜ公的通貨より民間通貨の方が好まれる可能性が高いかというと、民間組織によって発行される貨幣を使用する消費者にとってメリットのあるシステムが開発されると思われるため。例えば日本人がアメリカのインターネット本屋でクレジットを用いて本を購入する場合、VISA社やマスター・カード社は自社の通貨で決済した方が為替手数料や為替レートが安くなるように設定して、自社の通貨を使用するよう促すだろう。このようなプロセスを経て、基本的にドルやユーロなどの公的通貨は民間通貨に淘汰されると予測される)。このような、民間通貨の流通圏拡大現象は、トービン税の導入(と課税範囲拡大)によって得られるポジティヴ・フィードバックである。

さて、トービン税構想の最終段階として橋本努氏は「徴税権を持った世界政府の運営」を据えているが、私はそのような展望には多少懐疑的だ。仮に世界政府が実現できたとしても、そのような組織の健全な運営は果たして可能なのだろうか。その統治範囲の圧倒的な規模を考えると、徴税権(及び再分配権)はローカルな統治主体に委ねた方が遥かに効率が良さそうだ。世界政府はむしろ、現在の国連のような、安全保障や環境問題などに積極的に取り組む組織であれば十分のように思われる。

以上に描いたトービン税・貨幣発行自由化構想は、世界通貨を自生的に生成させるという企てである。その潜在的作用として、私たちの視点・関心をよりグローバルな方向へと仕向け、世界規模の開けた市場秩序を導くことに資するであろう。