「局所的な整合性と大局的な整合性の間に不整合が生じるときにフラストレートしたパターンが出現する。現在までの物理学で研究されてきた自己組織化過程は それを解消し論理階型を上げていく論理をその内部に持ってはいない。それに対して、生物のような情報系はそのような論理を自らの内部に構築しなければならないことが頻繁に起こる。」 (p.9)
「漸近的に3次元体積がゼロになり、2次元面上の運動より圧倒的に複雑になる運動は、2次元面がカントール集合のように重なった多様体の上の運動としてのみ理解される。多様体の厚み方向は無限個の面の断面が複雑なフラクタル構造を持つように埋め込まれ、0と1の間の次元を生み出す。」 (p.34)
「力学系のカオスは……圧縮できない無限列と圧縮可能な無限列との集合体である、ということができる。特に圧縮可能で周期的な無限列は、力学的に不安定であるので観測にはかからない。観測されるのは、圧縮できない非周期的な無限列と圧縮できる非周期的な無限列の有限部分である。」 (p.43)
「一般に2^n周期解と2^n+1周期解の近傍の様子は、見る尺度を変えてみれば等価であることがわかる。それぞれの周期解の近傍の様子を再帰的に決定する写像の関数が得られる。ちょうどカオスがでるところは、この繰り込みの操作の不動点に対応する。富田[和久]によれば、この操作はゲーデルの不完全性定理の証明の手続きとメタレベルで同型である。」 (p.44)
「アルゴリズム情報理論を使えば、不完全性、非決定性、ランダムネスはみな等価な概念としてとらえることができる。」 (p.47)
「知識体系に貯蔵されたなんらかのテンプレート(記憶の中に固定された知識やルール)との一致をみいだしたとき、我々は少なくとも問題の一部に秩序を発見したという。」 (p.52)
「初期状態の精度⊿Xと[力学系の]内的時間Tの間には、⊿X・T≧Aの不確定性関係が存在する。この不確定性関係が、初期条件と力学法則の従属関係を規定しているのである。このようにして、カオス力学系においては、初期条件を力学法則と独立には決めることができないのである。」 (p.57)
軌道に関する情報とは、二つの接近した軌道を分離して認識できるかどうかということである。このとき、
力学系の定常解が不動点や極限周期解(リミットサイクル)のような安定解である場合、情報は時間の進む方向に圧縮されていくことになる。観測者の間の情報の流れは位相空間の体積が縮む方向である。カオスのような軌道不安定性をもつものの場合、時間の進む方向と逆方向に情報は圧縮される。このことはカオスは情報を生み出すということの別の表現である。 (p.153)
「膨張宇宙の中では、時間の後に位置する世界にいる住人が常により分離された世界にいることになる。このことは、宇宙定数を我々は未来になればなるほど、細かい桁まで知るようになるということを意味する。これは観測技術の向上とは関係ないレベルの話である。むしろ宇宙定数自身の時間発展に関係する。観測技術が全く同じだとして、過去の宇宙に住んでいた人は、我々よりも粗っぽい数値しか認識できなかったであろう。これと関連して、現在、無理数と考えられている数は過去の宇宙においては、有理数であった可能性がある。もっと過去には整数であったろう。現在、計算不可能であると考えられている数も過去の宇宙では計算可能であったであろう。実数の存在は宇宙の膨張によって認識可能になったのだと考えることができるように思われる。すると、計算不可能性であるカオスは、遠い過去の宇宙では存在しなかったことになるのではないか。カオスは宇宙の進化と共に我々の前に現れたのではないだろうか。」 (pp.153-4)
「自己の確立は、反応拡散系で表現されるような自己組織過程を通じてなされるのではなく、情報的な自己言及過程を通じてなされる。」 (p.163)
「“解釈”ということが[脳の]研究プロセスにおいて、、物理学にみられるような第二義的な問題ではなく、まさに必須の第一義的な作業になるのである。この解釈の作業において、先行的理解になるのが[デビッド・]マーの言う計算論のレベルの考察である。つまり、“脳は何をしているのか”である。」 (p.194)
“動的脳観”の力学系の言葉による表現:
「自由度の大きな力学系がある。あるときは、ある部分的な自由度が活性化されそれが支配的になるが、またあるときは別の部分的な自由度が活性化されそれが支配的になる。このようなことが時空間の様々なスケールで起こりうる。そして、支配的になる自由度の再編成は、系(システム)の過去の全履歴に依存する。」 (p.202)
And those who were seen dancing were thought to be insane by those who could not hear the music.
2012年3月28日水曜日
2012年2月12日日曜日
脳の研究における解釈学について
『ダイナミックな脳』での津田一郎氏の解釈学的行為の考え方について、ツイッターで、「相手が自分と類似した生命である場合とそうでない場合の違い(程度の差なのか、本質的な差なのか)についってもっと敷衍して欲しかった」と述べたが、再度読み込んでみて、彼が言わんとしていることをある程度汲み取れた気がするので、ここにまとめておきたい。
まず、「動物の知覚は解釈過程であらざるを得ない」ということについて。新しい感覚情報の知覚は必然的に何らかの先行的理解を要請する。これはハイエクが『感覚秩序』において展開している知覚論とそっくり重なる。すなわち、我々が何らかの対象を知覚するとき、我々が知覚しているのは自己同一的な実体としての対象そのものではなく、常にその対象が位置づけられる関係の構造(類似性、差異性)である。そして、こうした新しい情報を位置づけるための既存の文脈として先行的理解が要請される。そういう意味で、知覚とは常に解釈過程である。津田氏はハイデガーを引いて、次のように言う。すなわち、「何かを理解するために解釈が必要なのではなく、逆説的だが、解釈を行うために理解が必要なのである。」(p.20) ある神経細胞あるいは神経細胞集成体の果たす機能はシステム全体の文脈に依存してしか決定されないという津田氏の指摘は、この事態の生理学的レベルでの表現であろう。
ただ、津田氏の言う解釈学的行為はディルタイが定義したような解釈学とは異なる。ディルタイは自然科学的な方法に対抗して、生きていくものが従わなければならない歴史性を扱う人文社会科学の規範を与えようしたが、津田氏の言う解釈は、意味の共有といった次元の話ではなく、単にある状況へのコミットメントである。「解釈とは、コミットメントのことだ。なにかの状況にコミットする(参画する)ことそのものだといってよい。」(p.26) それは認知主体が環境に勝手に付与してかまわないし、またコミットメントの過程でそれが別段収束しなくてもいい。このコミットメントのためにこそ先行的理解が必要なのである。
さらに、この状況へのコミットメントの中にこそ、我々は何らかの意志、つまり生命の存在を見出すのではなかろうか。「意味の共有に向かって努力することが解釈学的行為ではない。むしろ、意志の存在の確認作業が解釈学的行為なのだ。」(p.29) しかしここに一つ問題が現れる。すなわち、知覚が物としての世界を扱う場合と、認知主体と類似した生命を扱う場合との間に、何らかの本質的な違いはあるのかという問題である。これが冒頭に掲げた問題である。この問題に関して津田氏は「不完全な情報」と「不定な情報」を区別している。不完全な情報は、解釈学的行為による補完によって完全な情報になり得る。つまりこの場合、知覚世界を客観的実在の世界と見なすことによって、解釈者の外に置かれている。静的な世界像を扱う限りこれで問題にならない。他方の不定な情報は、相手が生命であって、その行為を解釈しなければならないときに問題になる。つまり、この場合相手の行為に対する解釈に一意的な解は実在の側にそもそも存在しない(このような解釈はおそらくハイエクの言うような心的構造の類似性に基づいていて、したがって一人称的な内観を不可避にする。その意味で、解釈対象が生命である場合とそうでない場合の差は本質的であると言える。ただこれは明確な境界が存在するという意味ではない)。この事実を以て、郡司ペギオ幸夫氏らはあらゆる観測行為を「暗闇の中の跳躍」として徹底的な懐疑に付す。かくしてウィトゲンシュタインやクリプキの言う言語ゲームにすべての解釈が回収されてしまう。それに対して津田氏は、認知主体の外に客観的な世界が存在するという「先行的理解の第一原理」を、認知のための一種のア・プリオリな形式として設定する。「この第一原理に行為論のある種の本質を押し込めたつもりでいる」(p.22) 津田氏のこの態度は、世界の実在を内側からプラグマティックに肯定する私のプラグマティック実在論の態度に似ている。
蛇足になるが、物体の空間移動に対する連続性の概念およびその普遍性が、「先行的理解の第二原理」として保障される。「空間における物体の身体を使った変換に対して、視覚情報の中から不変な構造を抜き出す能力を脳は備えている。……この先行的理解が物理学の基礎になっているのかもしれないというポアンカレ氏の意見に賛同する。」(p.17) それ以外にも「自己中心座標と物体中心座標の間に変換が存在する」や「世界の境界は内部から見れば正曲率を持つ」といった、いくつかの基本先行的理解が要請される。これらの先行的理解は認知のための一種のア・プリオリな形式であるが、絶対的なものでは決してなく、あくまで幼児期の体験によって形成されるものと考えられる(それを引き起こすコードが遺伝子に組み込まれているということはあるだろうが)。
最後に、解釈の二重性について。これまで、「知覚は常に解釈過程であらざるを得ない」という事態を見てきた。これに加えて、脳研究の方法自体も解釈学を援用しなければらないと津田氏は主張する。つまり、研究対象に内在する解釈学的行為と、研究自体の方法としての解釈学的アプローチという二重性が主張される。しかし津田氏の著作を読む限り、この両者の関係(両者は独立なのか繋がっているのか)はあまり明らかではない。ただ、「全体、システムとして働くものものの機構を理解していく方法は解釈学的にならざるをえない」(p.54)、「相互作用する相手との関係の中でなければそのものの性質、表現、行為は決まらない……その関係の構築の裏打ちをしていると思われるのがカオスなのだ。関係的にダイナミックということだ。その関係性の境界は決定不能だという意味でもある。しかも、オットー・レスラー氏、松野孝一郎氏、郡司幸夫氏や池上高志氏に従えば、われわれはインターフェイスにおいてのみリアリティー、いや木村敏氏の言葉を使って、アクチュアリティーを感じることができる。これは、複雑なシステムの中でなにかをしなければならないもの全てが出会う必然だ。[原文改行]脳という複雑システムを研究する脳科学者は、こういう意味でまさに内在的な立場でしか研究を進めることができない。だから、脳研究は解釈学的にならざるをえないのだよ。」(p.54-55)という記述を見れば、解釈の二重性における両者は結びついているように見える。
まず、「動物の知覚は解釈過程であらざるを得ない」ということについて。新しい感覚情報の知覚は必然的に何らかの先行的理解を要請する。これはハイエクが『感覚秩序』において展開している知覚論とそっくり重なる。すなわち、我々が何らかの対象を知覚するとき、我々が知覚しているのは自己同一的な実体としての対象そのものではなく、常にその対象が位置づけられる関係の構造(類似性、差異性)である。そして、こうした新しい情報を位置づけるための既存の文脈として先行的理解が要請される。そういう意味で、知覚とは常に解釈過程である。津田氏はハイデガーを引いて、次のように言う。すなわち、「何かを理解するために解釈が必要なのではなく、逆説的だが、解釈を行うために理解が必要なのである。」(p.20) ある神経細胞あるいは神経細胞集成体の果たす機能はシステム全体の文脈に依存してしか決定されないという津田氏の指摘は、この事態の生理学的レベルでの表現であろう。
ただ、津田氏の言う解釈学的行為はディルタイが定義したような解釈学とは異なる。ディルタイは自然科学的な方法に対抗して、生きていくものが従わなければならない歴史性を扱う人文社会科学の規範を与えようしたが、津田氏の言う解釈は、意味の共有といった次元の話ではなく、単にある状況へのコミットメントである。「解釈とは、コミットメントのことだ。なにかの状況にコミットする(参画する)ことそのものだといってよい。」(p.26) それは認知主体が環境に勝手に付与してかまわないし、またコミットメントの過程でそれが別段収束しなくてもいい。このコミットメントのためにこそ先行的理解が必要なのである。
さらに、この状況へのコミットメントの中にこそ、我々は何らかの意志、つまり生命の存在を見出すのではなかろうか。「意味の共有に向かって努力することが解釈学的行為ではない。むしろ、意志の存在の確認作業が解釈学的行為なのだ。」(p.29) しかしここに一つ問題が現れる。すなわち、知覚が物としての世界を扱う場合と、認知主体と類似した生命を扱う場合との間に、何らかの本質的な違いはあるのかという問題である。これが冒頭に掲げた問題である。この問題に関して津田氏は「不完全な情報」と「不定な情報」を区別している。不完全な情報は、解釈学的行為による補完によって完全な情報になり得る。つまりこの場合、知覚世界を客観的実在の世界と見なすことによって、解釈者の外に置かれている。静的な世界像を扱う限りこれで問題にならない。他方の不定な情報は、相手が生命であって、その行為を解釈しなければならないときに問題になる。つまり、この場合相手の行為に対する解釈に一意的な解は実在の側にそもそも存在しない(このような解釈はおそらくハイエクの言うような心的構造の類似性に基づいていて、したがって一人称的な内観を不可避にする。その意味で、解釈対象が生命である場合とそうでない場合の差は本質的であると言える。ただこれは明確な境界が存在するという意味ではない)。この事実を以て、郡司ペギオ幸夫氏らはあらゆる観測行為を「暗闇の中の跳躍」として徹底的な懐疑に付す。かくしてウィトゲンシュタインやクリプキの言う言語ゲームにすべての解釈が回収されてしまう。それに対して津田氏は、認知主体の外に客観的な世界が存在するという「先行的理解の第一原理」を、認知のための一種のア・プリオリな形式として設定する。「この第一原理に行為論のある種の本質を押し込めたつもりでいる」(p.22) 津田氏のこの態度は、世界の実在を内側からプラグマティックに肯定する私のプラグマティック実在論の態度に似ている。
蛇足になるが、物体の空間移動に対する連続性の概念およびその普遍性が、「先行的理解の第二原理」として保障される。「空間における物体の身体を使った変換に対して、視覚情報の中から不変な構造を抜き出す能力を脳は備えている。……この先行的理解が物理学の基礎になっているのかもしれないというポアンカレ氏の意見に賛同する。」(p.17) それ以外にも「自己中心座標と物体中心座標の間に変換が存在する」や「世界の境界は内部から見れば正曲率を持つ」といった、いくつかの基本先行的理解が要請される。これらの先行的理解は認知のための一種のア・プリオリな形式であるが、絶対的なものでは決してなく、あくまで幼児期の体験によって形成されるものと考えられる(それを引き起こすコードが遺伝子に組み込まれているということはあるだろうが)。
最後に、解釈の二重性について。これまで、「知覚は常に解釈過程であらざるを得ない」という事態を見てきた。これに加えて、脳研究の方法自体も解釈学を援用しなければらないと津田氏は主張する。つまり、研究対象に内在する解釈学的行為と、研究自体の方法としての解釈学的アプローチという二重性が主張される。しかし津田氏の著作を読む限り、この両者の関係(両者は独立なのか繋がっているのか)はあまり明らかではない。ただ、「全体、システムとして働くものものの機構を理解していく方法は解釈学的にならざるをえない」(p.54)、「相互作用する相手との関係の中でなければそのものの性質、表現、行為は決まらない……その関係の構築の裏打ちをしていると思われるのがカオスなのだ。関係的にダイナミックということだ。その関係性の境界は決定不能だという意味でもある。しかも、オットー・レスラー氏、松野孝一郎氏、郡司幸夫氏や池上高志氏に従えば、われわれはインターフェイスにおいてのみリアリティー、いや木村敏氏の言葉を使って、アクチュアリティーを感じることができる。これは、複雑なシステムの中でなにかをしなければならないもの全てが出会う必然だ。[原文改行]脳という複雑システムを研究する脳科学者は、こういう意味でまさに内在的な立場でしか研究を進めることができない。だから、脳研究は解釈学的にならざるをえないのだよ。」(p.54-55)という記述を見れば、解釈の二重性における両者は結びついているように見える。
2011年12月18日日曜日
ハイエクの自生的秩序概念と目的独立性について
ハイエクの自生的秩序概念に関して、読書会で「設計主義的な伝統が自生的に生じることはありえないのか」という質問があった。これは私自身もハイエクに初めて触れたときに抱いた疑問で、彼の自生的秩序概念を理解する上で非常に重要な疑問だと思うので、本稿を機会に詳しく説明してみたい。結論から言うと、ハイエクは秩序の起源としての自生性をやみくもに絶対視するのではなく、むしろ自生的起源に伴うことが期待される「目的独立性」(purpose-independency)を重視するのである。自生的に進化してきた暗黙的なルールであろうと、明文化され権力によって担保されたルールであろうと、ハイエクにとって重要なのは、そのルールが目的独立的な秩序を生み出すものであるかどうか、である。では、目的独立的な秩序を生み出すルールとは、具体的にどのようなルールであろうか。
ハイエクによれば、あるルールが目的独立的な秩序を生み出すルールであるためには以下の性格を備えていなければならない。すなわち、(1) 特定の集団を優遇しないという意味で「一般的」(general)であること、(2) 目に見える具体的な帰結を追求しないという意味で「抽象的」(abstract)であること、(3)「~せよ」と積極的なオブリゲーションを課すのではなく「~するなかれ」と特定の行為を禁止する形態をとるという意味で「消極的・否定的」(negative)であること。これらは相互に含意し合うので、一つの条件を満たしていながら他の条件を満たしていないルールを想定することはおそらくできない。むしろ、これらは目的独立的な秩序を生み出す諸ルールが共通して備えているべき異なる側面を描いたものと見なすのがいいだろう。他方の「目的依存的」(purpose-dependent)な秩序(コスモスと対比された意味でのオイコス)の諸ルールは特殊的・具体的・積極的なのであるが、この「オイコス図式」を、特定の目的を持たない単なる「場」であるはずの市場秩序=カタラクシーに適用し、これをある統一的なコード(これは同時に主観的なコードでしかありえない)の元に解釈しようとするのが、設計主義の錯誤に他ならない。
さて、ここで冒頭の質問に戻ろう。ハイエクにとって重要なのは起源としての自生的性格そのものよりはむしろ秩序の目的独立性であることが分かった今、我々は「自生的に生じた設計主義的な伝統」を忌憚なく「設計主義」の陣営の方に括ることができよう。というのも、(起源としての自生性ではなく)目的独立性こそがハイエクにとって設計主義/非設計主義を区別するメルクマールに他ならないからだ。しかし、ここでもう一つ別の疑問が提起されるかもしれない。つまり、「目的独立的なルールが、純粋な熟慮に基づいて設計されることは可能かどうか」という疑問である(土井 2010)。ハイエクが重視するのが専らルールの目的独立性であるならば――つまりルールの起源としての自生性が重要でないならば――そこから導かれる秩序はもはや「自生的秩序」である必要すらないのではないか、ということである。
この疑問に対してハイエクは「庭師」の比喩で答えるであろう。
ハイエクによれば、あるルールが目的独立的な秩序を生み出すルールであるためには以下の性格を備えていなければならない。すなわち、(1) 特定の集団を優遇しないという意味で「一般的」(general)であること、(2) 目に見える具体的な帰結を追求しないという意味で「抽象的」(abstract)であること、(3)「~せよ」と積極的なオブリゲーションを課すのではなく「~するなかれ」と特定の行為を禁止する形態をとるという意味で「消極的・否定的」(negative)であること。これらは相互に含意し合うので、一つの条件を満たしていながら他の条件を満たしていないルールを想定することはおそらくできない。むしろ、これらは目的独立的な秩序を生み出す諸ルールが共通して備えているべき異なる側面を描いたものと見なすのがいいだろう。他方の「目的依存的」(purpose-dependent)な秩序(コスモスと対比された意味でのオイコス)の諸ルールは特殊的・具体的・積極的なのであるが、この「オイコス図式」を、特定の目的を持たない単なる「場」であるはずの市場秩序=カタラクシーに適用し、これをある統一的なコード(これは同時に主観的なコードでしかありえない)の元に解釈しようとするのが、設計主義の錯誤に他ならない。
さて、ここで冒頭の質問に戻ろう。ハイエクにとって重要なのは起源としての自生的性格そのものよりはむしろ秩序の目的独立性であることが分かった今、我々は「自生的に生じた設計主義的な伝統」を忌憚なく「設計主義」の陣営の方に括ることができよう。というのも、(起源としての自生性ではなく)目的独立性こそがハイエクにとって設計主義/非設計主義を区別するメルクマールに他ならないからだ。しかし、ここでもう一つ別の疑問が提起されるかもしれない。つまり、「目的独立的なルールが、純粋な熟慮に基づいて設計されることは可能かどうか」という疑問である(土井 2010)。ハイエクが重視するのが専らルールの目的独立性であるならば――つまりルールの起源としての自生性が重要でないならば――そこから導かれる秩序はもはや「自生的秩序」である必要すらないのではないか、ということである。
この疑問に対してハイエクは「庭師」の比喩で答えるであろう。
農夫や庭師が植物を栽培する(cultivate)場合、彼は決定環境の一部しか知らずそれを管理(control)できない。そしておそらく、賢明な立法者や政治家も、社会的過程の力を管理するのではなく、むしろ養成する(cultivate)ことを試みるであろう。(Hayek 1967)人間が植物の成長を促すためにできることと言えば、水を与えたり、日光を確保するなどの「適切な条件整備」しかない。この「適切な条件整備」は、過去の庭師たちの試行錯誤の末に編み出された経験的な知識によるものである。ハイエクが否定するのは設計主義的発想に基づく「ゼロからのルールの制定」であって、ルールの整備に人為的な要素が加わること自体を否定しているわけでは決してない。この点に関して、複雑系研究者スチュアート・カウフマンの記述が示唆的である。
もし凍結した秩序状態に系が深くはまりすぎてしまうと、柔軟性が足りなくなって、成長に必要な遺伝的活動の複雑な連鎖が調和的には働かなくなる。逆に、もし気体的なカオス状態に系が深くはまりすぎてしまうと、十分に秩序化することができないであろう。カオスの縁――秩序と意外性の妥協点――の近辺にあるネットワークが、複雑な諸活動を最も調和的に働かせることができるし、また進化する能力を最も兼ね備えているのである。(Kauffman 1995)カウフマンの言うように進化の源泉がカオスの縁にあるのだとすると、我々はそのようなカオスの縁を社会の中に作為的に作り出すことによって進化を促すことさえできるかもしれない。最後に、橋本努の言葉で締めたい。
「庭師」の理性は、庭の手入れによって、そこから生じる未来の秩序を、後見的なものとして発見するのである。自生化主義の庭師は、庭の帰結をデザインするのではなく、予期しえない進化を含めて、植生の生成過程が自生的であることに喜びを見出している。彼は、「よりよい庭」を目指して介入するが、しかし何がよりよい庭であるのかについては、つねに問題化しながら、生成の過程に関わりつづける。(橋本 2005)
【参考文献】
- 土井崇弘 (2010) 「ハイエクの自生的秩序論と進化論に関する予備的考察」『中京法学』44(3・4), pp.291-321.
- 橋本努 (2005) 「ポスト近代社会の進化論:社会の発展は自生化主義で見よ」『理論戦線』no.80, 2005 Summer, pp.124-145.
- Hayek, F.A. (1967) Studies in Philosophy, Politics and Economics, Chicago: University of Chicago Press.
- Kauffman, Stuart (1995) At Home in the Universe: The Search for Laws of Self-Organization and Complexity, New York: Oxford University Press 〔米沢富美子監訳『自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則』日本経済新聞社,1999年〕.
2011年12月5日月曜日
【書評】 ハイエクのポリティカル・エコノミー : 秩序の社会経済学 (スティーヴ・フリートウッド)
原著:Steve Fleetwood, Hayek's Poltical Economy: The Socio-economics of Order
本書は「批判的実在論」(critical realism)という新しい見地からハイエク哲学の変遷を描くという、一風変わった研究書。経済学の領域に批判的実在論を適用した研究ではトニー・ローソンの『経済学と実在』(Economics and Reality)が有名だが、試みとしては本書の方が初めてらしい(邦訳はローソン本の方が先)。
フリートウッド氏は、ハイエクの著作を三つの時期に区分し、経済学、法学、政治学、心理学など社会・人文科学の諸分野にまたがる彼の社会経済学の発展を、それを根底で支える哲学の変遷から説明する。1936年までのハイエクをハイエクⅠ(本書ではほとんど論じられない)、1936年から1960年までのハイエクをハイエクⅡ、1960年以降のハイエクをハイエクⅢと呼ぶ。ハイエクⅠは「狭い技術的な経済学」に固執する、主流派と同じ実証主義者であった。しかし、すでに1936年の時点で、ハイエクは実証主義と決裂し、主流経済理論を放棄し始める。1936年に書かれた論文「経済学と知識」("Economics and Knowledge")が、ハイエクⅡの出発点である。1936年以降のこの時期、ハイエクは知識、均衡、人間主体についての思索を深めてゆくのであるが、フリーウッド氏によると、この時点でのハイエクには、社会構造、とりわけ振るまいのルール(rules of action)に関するなんらかの適切な把握が欠けていたために、知識の発見・伝達・貯蔵を促進する上での情報伝達システムの役割と効力とを、誇張せざるをえなかった。フリートウッド氏は、ハイエクⅡの社会構造についての認識の欠落を、この時期の彼の哲学的立場の帰結と見なす。すなわち、認識論としての主観的観念論(subjective idealism)と、存在論としての(拡張された)経験的実在論(empirical realism)を総合する立場である。フリートウッド氏はこの総合された立場を「超越論的観念論」(transcendental idealism)と呼び、科学的探究におけるその現れが実証主義であるとする。拡張された存在論というのは、通常の超越論的観念論者が感覚与件に与えられる事象にのみ存在論的ステータスを付与するのに加えて、ハイエクⅡは絶え間なく変化する事象よりも深層にある領域、つまり主体による想念(conception)の領域の実在性をも認める、ということである。彼はもはや「与件」を人間による同定から独立したものとみなすことができず、主体の主観的な想念と密接に結びついているものとして取り扱う。これがハイエクⅡと実証主義とを隔てる分断点である。
しかし、ハイエクⅡの認識論としての主観的観念論が、社会科学においては解釈学的基礎づけ主義(hermeneutic-foundationalism)として姿を現すが、この立場が、社会構造を含む適切な存在論を発展させるのを妨げた、とフリートウッド氏は診断する。その結果ハイエクⅡは、均衡は秩序についての妥当な考えではないと主張しておきながら、それに代わるものを提示することができなかったのである。
フリートウッド氏は言う(ここで言われているハイエクはハイエクⅡである):
【感想、批評】
本書は非常に示唆に富んだ、面白い研究だった。1936年頃のハイエクの転換を実証主義からの離反と捉えるのはハイエク研究においてはありふれた見解だが、1960年前後の転換をどう考えるかについてはかなり論争があるし(時期区分の成否如何はここではあまり深く考えないことにする。1940年代の科学主義論文――"Scientism and the Study of Society"全三部構成、The Counter-Revolution of Science: Studies on the Abuse of Reason 所収――における個人主義的・解釈学的アプローチと、晩年の進化論的アプローチとの間にはあまりにも差があるので、この期間に何らかの転換があったのは間違いないだろう)、方法論的個人主義と文化的進化論の整合性の問題とも密接に繋がっているので、私も非常に興味がある。
しかし、残念ながら私は、(1960年頃の)この転換をハイエクの哲学的立場の変遷の帰結と見なすフリートウッド氏のテーゼには賛同できない。むしろ、ハイエクの哲学的立場は1936年頃以降一貫していて、転換したのは方法論だけなのではないか、というのが私の解釈である。というのも、科学主義論文で展開されている主観的観念論と解釈学的アプローチ(私はあえて「基礎づけ主義」という用語は使わない)は、ハイエクⅢの準超越論的実在論と整合的なのではないか、と思われるからである。私の見るところ、フリートウッド氏の科学主義論文の読みは(誤読とまでは言わないまでも)かなり偏っている。また、社会的質料(social material)の「実在性」をめぐるフリートウッド氏の言葉の使い方および議論の仕方に、非常に問題を感じる。例えば、フリートウッド氏は以下のように述べる:
最後に、フリートウッド氏がハイエクⅢに読み込む「社会活動の変換モデル」(Transformational Model of Social Activity, TMSA)について。私にはこれはハイエクの文化的進化論の単なる言い換えにしか思えないのだが、言い換えることに一体何のメリットがあるのだろうか。むしろ進化概念を用いた方が適応とか淘汰が言えるので、言い換えない方がいいのではないか、と思った。まだロイ・バスカーの著作を読んでいないので何とも言えないけど、本書を読む限りあまり魅力を感じることはできなかった。
本書は「批判的実在論」(critical realism)という新しい見地からハイエク哲学の変遷を描くという、一風変わった研究書。経済学の領域に批判的実在論を適用した研究ではトニー・ローソンの『経済学と実在』(Economics and Reality)が有名だが、試みとしては本書の方が初めてらしい(邦訳はローソン本の方が先)。
フリートウッド氏は、ハイエクの著作を三つの時期に区分し、経済学、法学、政治学、心理学など社会・人文科学の諸分野にまたがる彼の社会経済学の発展を、それを根底で支える哲学の変遷から説明する。1936年までのハイエクをハイエクⅠ(本書ではほとんど論じられない)、1936年から1960年までのハイエクをハイエクⅡ、1960年以降のハイエクをハイエクⅢと呼ぶ。ハイエクⅠは「狭い技術的な経済学」に固執する、主流派と同じ実証主義者であった。しかし、すでに1936年の時点で、ハイエクは実証主義と決裂し、主流経済理論を放棄し始める。1936年に書かれた論文「経済学と知識」("Economics and Knowledge")が、ハイエクⅡの出発点である。1936年以降のこの時期、ハイエクは知識、均衡、人間主体についての思索を深めてゆくのであるが、フリーウッド氏によると、この時点でのハイエクには、社会構造、とりわけ振るまいのルール(rules of action)に関するなんらかの適切な把握が欠けていたために、知識の発見・伝達・貯蔵を促進する上での情報伝達システムの役割と効力とを、誇張せざるをえなかった。フリートウッド氏は、ハイエクⅡの社会構造についての認識の欠落を、この時期の彼の哲学的立場の帰結と見なす。すなわち、認識論としての主観的観念論(subjective idealism)と、存在論としての(拡張された)経験的実在論(empirical realism)を総合する立場である。フリートウッド氏はこの総合された立場を「超越論的観念論」(transcendental idealism)と呼び、科学的探究におけるその現れが実証主義であるとする。拡張された存在論というのは、通常の超越論的観念論者が感覚与件に与えられる事象にのみ存在論的ステータスを付与するのに加えて、ハイエクⅡは絶え間なく変化する事象よりも深層にある領域、つまり主体による想念(conception)の領域の実在性をも認める、ということである。彼はもはや「与件」を人間による同定から独立したものとみなすことができず、主体の主観的な想念と密接に結びついているものとして取り扱う。これがハイエクⅡと実証主義とを隔てる分断点である。
しかし、ハイエクⅡの認識論としての主観的観念論が、社会科学においては解釈学的基礎づけ主義(hermeneutic-foundationalism)として姿を現すが、この立場が、社会構造を含む適切な存在論を発展させるのを妨げた、とフリートウッド氏は診断する。その結果ハイエクⅡは、均衡は秩序についての妥当な考えではないと主張しておきながら、それに代わるものを提示することができなかったのである。
フリートウッド氏は言う(ここで言われているハイエクはハイエクⅡである):
Hayek's position in social science might usefully be interpreted as an overreaction to positivism, or more accurately, to scientism. Once Hayek recognises that for social scientists, the external world is not objectively given (pace classical empiricism and positivism), he does not stop at the correct view that it is mediated by, or dependent upon, agents' subjectively formed conceptions. He overreacts, making the hermeneutic-foundationalist, and as I shall show, subjective-idealist, presumption that the social world is determined by, or exhausted by, agents' conceptions. [原文改行] Hayek, in effect, empties his social ontology of real social material, leaving a residue of nothing more than conceptions, ideas, beliefs, attitudes, and so on, that is, ideal social material. (pp.28-29)しかし1960年頃の(第二の)哲学的転換が、この状況を打開することを可能にした。ハイエクⅢは認識論としての主観的観念論と解釈学的基礎づけ主義を捨て去り、準超越論的実在論(quasi-transcendental realism)の哲学を採用する。彼は事象と想念とを実在と認める存在論をさらに拡張し、振るまいの社会的ルールという形態の深層構造を含めるようになる。経験的事象を生じさせる基底構造に迫ることによって、ハイエクⅢは「社会活動の変換モデル」(Transformational Model of Social Activity, TMSA)とフリートウッド氏が呼ぶものに近いものを展開し、市場過程あるいはカタラクシーについて彫琢を加え、最終的には、知識、無知、ルール、情報伝達システムという諸テーマの結合を可能にする洗練された社会理論を作り上げることができた。以上が、フリートウッド氏の大まかな筋書きである。
【感想、批評】
本書は非常に示唆に富んだ、面白い研究だった。1936年頃のハイエクの転換を実証主義からの離反と捉えるのはハイエク研究においてはありふれた見解だが、1960年前後の転換をどう考えるかについてはかなり論争があるし(時期区分の成否如何はここではあまり深く考えないことにする。1940年代の科学主義論文――"Scientism and the Study of Society"全三部構成、The Counter-Revolution of Science: Studies on the Abuse of Reason 所収――における個人主義的・解釈学的アプローチと、晩年の進化論的アプローチとの間にはあまりにも差があるので、この期間に何らかの転換があったのは間違いないだろう)、方法論的個人主義と文化的進化論の整合性の問題とも密接に繋がっているので、私も非常に興味がある。
しかし、残念ながら私は、(1960年頃の)この転換をハイエクの哲学的立場の変遷の帰結と見なすフリートウッド氏のテーゼには賛同できない。むしろ、ハイエクの哲学的立場は1936年頃以降一貫していて、転換したのは方法論だけなのではないか、というのが私の解釈である。というのも、科学主義論文で展開されている主観的観念論と解釈学的アプローチ(私はあえて「基礎づけ主義」という用語は使わない)は、ハイエクⅢの準超越論的実在論と整合的なのではないか、と思われるからである。私の見るところ、フリートウッド氏の科学主義論文の読みは(誤読とまでは言わないまでも)かなり偏っている。また、社会的質料(social material)の「実在性」をめぐるフリートウッド氏の言葉の使い方および議論の仕方に、非常に問題を感じる。例えば、フリートウッド氏は以下のように述べる:
Whilst it is, true that real social material such as social structures (unlike physical material) cannot exist independently of all perceptions of them, they nevertheless exist independently of any one person's particular perception of them. If, however, social material can exist independently of a particular agent's perception or identification of it, then for that agent it has an objective existence - and cannot therefore be ruled out of the field of inquiry. This runs counter to the subjective-idealist claim that social material is constituted in the cognitive activity of the transcendental subject. (pp.78)あるいはこのようにも言われる:
The following discussion, couched as it is in terms of cognitive psychology, should not mislead us into thinking that social rules originate in the mind. Social rules of conduct are just that - social. Whilst they are, typically, internalised by agents via the (cognitive) learning process, they are not merely in and of the mind. They have an existence independent of any particular agent's identification of them. (pp.108)さて、社会構造が認識から独立しているとは、一体どういう意味であろうか。そもそもそんな事態は可能なのだろうか。私には到底そのようには思えない。ある主体が、自分が従っている行為ルールに関して無意識であったり、自分を規定する社会構造に関して無知であることはありうるが、その社会的質料から影響を受けているのであれば、それを即ち(間接的な形であれ)「認識」していると言えないだろうか。(逆に影響を受けていないのであれば、それは社会的質料でもなんでもない)。例えば、暗黙的な行為ルールに従うことができるということは、人間社会の中に何らかのパターン・規則性を認識してそれを模倣することに成功している証拠であるし、社会構造の影響を受けることができるということは、その構造が問題になる(より広範の)「ゲーム」をすでに遂行的に理解している必要がある。したがって、私には「遂行」と「認識」の次元を区別する必然性が見出せない。主体がその社会的質料に関して無意識であれ無知であれ、実践の領域でその影響を受けているのであれば、それを(何らかの間接的な形であれ)「認識」しているのである。そういう意味で、社会構造などの社会的質料はすべて諸個人の主観的な想念に起源を持つし、想念と独立の実在性を持つことはありえないはずだ。科学主義論文でハイエクが言わんとしているのは、こういうことではないのか。ハイエクは言う:
The individuals are merely the foci in the network of relationships and it is the various attitudes of the individuals towards each other (or their ... attitudes towards physical objects) which form the current recognisable and familiar elements of the structure. (Hayek, "Scientism and the Study of Society" pp.284)ハイエクⅡが想定する個人像は、複雑に相互作用しながら想念から彼らにとっての社会構造を創り上げていく、ネットワークの中の個人である。この「彼らにとっての」というのが重要である。ここに解釈学的なエレメントが入り込んでくる。というのも、我々(社会研究者)にこの社会構造が「見える」のは、我々も彼ら(研究対象)と同じゲームを遂行しているからに他ならない。批判的実在論の立場においても、振るまいの社会的ルールや社会構造などの社会的質料が研究の対象となりうるためには、我々は解釈学的アプローチを利用する他ないのである。フリートウッド氏が実在の深層領域に社会的質料を見出すことができたのも、暗黙裡に解釈学的アプローチを援用していたからに過ぎない。ローソン氏のハイエク解釈に対する批判の中で、Allen Oakley氏も同様の趣旨のことを述べている:
My alternative is to envisage critical realism and hermeneutics as consistent, compatible and complimentary methodological strategies required to maintain subjectivist ontology. Hermeneutics is to be envisaged as the means of inquiry that will enable economics to achieve the 'deep' analytical insights that are the hallmark of critical realism (Allen Oakley, The Revival of Modern Austrian Economics: A Critical Assessment of Its Subjectivist Origins, pp.16)社会科学においては、認識論としての主観的観念論(およびそれに伴う主観主義的な存在論)は放棄不可能であるように思われるし、したがってまた解釈学的アプローチも放棄不可能のように思われる。ハイエクⅢもこれらの立場を放棄したとは私は考えない。ハイエクⅢへの転換はむしろ方法論的なもののみのように思われる。つまり、個人の想念を分析の中心に据える方法論から、振るまいの社会的ルールなどの社会的質料を分析の中心に据える方法論への転換である。この方法論的転換の理由は、フリートウッド氏も指摘するとおり、ハイエクが振るまいの社会的ルール、とりわけ暗黙的なルールの存在に気付いたからだろう。
In this case, the 'compositive method', which focuses upon creating social phenomena from the conceptions held by agents, becomes problematic. If agents do not discursively know and/or adequately conceptualise the structures that facilitate their action, then society cannot be composed out of these conceptions alone. (pp.84)フリートウッド氏のこの解釈は全くその通りだと思う。ただ、ハイエクⅢはハイエクⅡの存在論・認識論を放棄する必要はない。なぜなら、社会構造が主体の主観的な想念に起源を持つことと、その構造をあたかも客観的な実在物であるかのよう扱うこととは、何ら矛盾しないからである。実際、主体にとってはその社会構造は客観的な実在物なのだから、社会研究者も同様のものとしてその概念を利用しても問題ないはずだし、個人の想念から出発するよりはその方が好都合な場合もある。暗黙的な行為ルールが研究の材料として入ってくるというのは、まさにそういう場合なのではないか。社会的質料が主体の想念に起源を持つということ、したがって主観主義的な存在論を受け容れた上で、社会的質料を(いわば括弧付きで)客観的な「実在」と呼ぶのであれば私は何ら異存はないし、ハイエクⅢの立場もおそらく同様のものだろう。本当は丹念な文献引用によってこれを示さなければならないのだろうが、残念ながら今の私にはその時間も能力もないので、以上の雑駁な議論でお許し願いたい。
最後に、フリートウッド氏がハイエクⅢに読み込む「社会活動の変換モデル」(Transformational Model of Social Activity, TMSA)について。私にはこれはハイエクの文化的進化論の単なる言い換えにしか思えないのだが、言い換えることに一体何のメリットがあるのだろうか。むしろ進化概念を用いた方が適応とか淘汰が言えるので、言い換えない方がいいのではないか、と思った。まだロイ・バスカーの著作を読んでいないので何とも言えないけど、本書を読む限りあまり魅力を感じることはできなかった。
2011年11月3日木曜日
ヴィトゲンシュタインにおける二つの限界と、「実在」の影
入不二基義さんを読んで、私が以前導入した、ヴィトゲンシュタインの言う「言語の限界」には二つあるんじゃないかという理解の妥当性をますます確信できるようになった。
ヴィトゲンシュタインが「この言語(私が理解するただ一つの言語)の限界が、私の世界の限界を意味する」と言うとき(『論考』、五・六二)、この「ただ一つ」には二重の意味が重なっているというのが入不二氏の読み(『ウィトゲンシュタイン : 「私」は消去できるか』、第一章)。すなわち:
まず第一に、境界線なき「全体」としての「限界」。その「全体」の内容は別様でありうるが、どんなに内容を別様に変容させても「それ」であることをやめない〈かたち〉。ここで「ただ一つ」と言われている〈かたち〉は、「語る(写像する)」ことを成り立たせている前提して、「語る」このとのうちに「示される」。これが私の言う「第一の限界」に相当するだろう。
そして第二に、「私=世界=生」の唯一性・一回性としての「限界」。第一の限界は語ることのうちに示されうるが、この第二の限界はそのようには「示されえない」のではないか、と入不二氏は言う。なぜなら、この唯一性は世界の言語や形式に属する事柄ではなく、「私=世界=生」がそもそも「あってしまう」という神秘に属するからだ。
『相対主義の極北』において入不二氏は、「未生」という概念を駆使してこの第二の限界のさらに向こう側に、「実在=神」の影を探ろうとする。論理学を知らない九歳の子どもにとってゲーデルの不完全性定理は単に想定不可能であるばかりでなく、想定不可能であることも想定不可能であり、さらに想定不可能であることが想定不可能であることが……という風に無限後退していく。いわば、彼にとってゲーデルの不完全性定理は「世界」のうちにある事柄ではない。それは「示す」ことのできる範囲をも超え出てしまっているのだ。同様に我々にとっても、思索をめぐらすことさえ不可能な地平があるだろう。ただ「あるんじゃないか」としか言えない領域が。ここにこそ我々は、「実在=神」の影を垣間見ることができるのではなかろうか。
ヴィトゲンシュタインが「この言語(私が理解するただ一つの言語)の限界が、私の世界の限界を意味する」と言うとき(『論考』、五・六二)、この「ただ一つ」には二重の意味が重なっているというのが入不二氏の読み(『ウィトゲンシュタイン : 「私」は消去できるか』、第一章)。すなわち:
まず第一に、境界線なき「全体」としての「限界」。その「全体」の内容は別様でありうるが、どんなに内容を別様に変容させても「それ」であることをやめない〈かたち〉。ここで「ただ一つ」と言われている〈かたち〉は、「語る(写像する)」ことを成り立たせている前提して、「語る」このとのうちに「示される」。これが私の言う「第一の限界」に相当するだろう。
そして第二に、「私=世界=生」の唯一性・一回性としての「限界」。第一の限界は語ることのうちに示されうるが、この第二の限界はそのようには「示されえない」のではないか、と入不二氏は言う。なぜなら、この唯一性は世界の言語や形式に属する事柄ではなく、「私=世界=生」がそもそも「あってしまう」という神秘に属するからだ。
「神秘とは、世界がどのようにあるかではなくて、世界があるということそのものである。」(『論考』、六・四四)
『相対主義の極北』において入不二氏は、「未生」という概念を駆使してこの第二の限界のさらに向こう側に、「実在=神」の影を探ろうとする。論理学を知らない九歳の子どもにとってゲーデルの不完全性定理は単に想定不可能であるばかりでなく、想定不可能であることも想定不可能であり、さらに想定不可能であることが想定不可能であることが……という風に無限後退していく。いわば、彼にとってゲーデルの不完全性定理は「世界」のうちにある事柄ではない。それは「示す」ことのできる範囲をも超え出てしまっているのだ。同様に我々にとっても、思索をめぐらすことさえ不可能な地平があるだろう。ただ「あるんじゃないか」としか言えない領域が。ここにこそ我々は、「実在=神」の影を垣間見ることができるのではなかろうか。
2011年10月28日金曜日
設計主義のなにが問題なのか? : ハイエクの知識論
以下の文章は、仲正昌樹『いまこそハイエクに学べ: 〈戦略〉としての思想史』の第一章「設計主義のなにが問題なのか?」(p.25-66) を題材にした読書会のレジュメである。
仲正氏はハイエクの思想史的アプローチに焦点を当てて彼の設計主義批判を素描している。仲正氏の整理は要領を得ていて非常に分かりやすいと思うが、(本人も序章で予め断っている通り)、ハイエクの「知識」に関する議論や科学哲学的な議論が省かれているので、ハイエクの設計主義批判がある種の独断論ないし極論に聞こえてしまう箇所もあったように思う。例えば、「マルクス主義や社会民主主義が集産主義的な傾向を示しているのは、経済を中心とした社会的な「平等」を達成するため、生産様式や交換過程を規制しようとしているだけであって……」(p.34) 云々とあるが、これに対する仲正氏の(ハイエク側からの)反論は思想史的なものだけなので、かなり弱い。「社会主義」と「ファシズム」の結びつきは本当に必然的なのだろうか?経済の規制・計画化の何がいけないのか?結局、「平等」を優先するか「自由」を優先するかの価値判断の問題ではないのか?これらの疑問に応えるために、ハイエクの知識論を簡単に紹介してみたい。
【知識の分業体系としての市場】
ハイエクの思想体系を「市場の哲学」と呼ぶとすれば、その根幹を成すのは彼の「知識」に関する洞察である。その要旨を、大まかに三つにテーゼにまとめることができると思う。すなわち、
さて、詳しく説明しよう。(なお、(3) に関しては紙幅の都合上割愛する)。
経済過程とは、一言で言えば「相互に異なり、場合によっては対立さえする多数の目的・計画を調和(coordinate)させる」プロセスである。当然のことながら、社会の全成員の目的が予め一致しているなんてことはあり得ない(それだったら経済現象がそもそも起こり得ない)。一方には米を需要する消費者がいて、他方には米を供給する生産者がいるからこそ、経済過程が成立する。問題は、この過程がどう行われるかである。従来の方法は、貨幣を媒介にした市場交換である。これに対して社会主義をはじめとする集産主義者は、財の「分配」を主張する。分配主義は、一見合理的に見える。中央計画当局が、すべての財に関する社会的需要を予め統計的に調査しておいて、その需要に応じて必要な分だけ生産するよう各工場に指令を出せばいい。このため、需給の過不足は生じないし、なによりプロセス全体が意識的に遂行されるので、正義に適った「平等」な分配を実現できるのだ。しかし、ハイエクは二つの点においてこの分配主義に噛み付く。
まず第一に、人々が保持している(利用可能な資源や生産にかかる時間などに関する)局所的・分散的な知識をすべて中央計画当局に集めるには、情報量があまりにも膨大過ぎる。仮に集めることができたとしても、そこから需給の最適な均衡解を導出するには、ほぼ無限大の計算速度が必要になる。市場機構による局所的・分散的な情報処理に比べて、いったん中央当局に社会全体の知識を集めて、均衡解を計算して、再び上意下達方式で指令を下すというやり方は、明らかに二度手間である。経済状況は刻一刻と変転するので、分配政策が本来の市場機構の効率性に追い付くことは到底不可能である。
そして第二の問題点はさらに深刻である。経済過程を可能にする知識のほとんどは、マイケル・ポランニーの言うところの「暗黙知」(言語化・分節化することのできない知識)として保持されているとハイエクは言う。現場の人間にしか把握できない、その場その場の暗黙的・実践的な知恵こそが、経済過程において本質的である。というのも、このような暗黙的な知識こそが、新たな知識の「発見」と密接に関わっているからだ。そしてハイエクによれば、市場競争とは新たな知識を「発見」する模索のプロセスに他ならない。どのような新商品を開発すれば売れるか、どのような製作工程を採用すれば価格を安く抑えられるか、生産者や企業家は様々な工夫を凝らし、試行錯誤のプロセスを経て品質を改良し、価格を安くし、時には画期的なイノベーションや発明を行う。これらの商品は不特定多数の匿名的消費者による選択的淘汰に晒されることによって、経済はダイナミックに生成変化する。集産主義者たちの素朴な経済観では、市場機構のこの「学習」のダイナミズムを捉えることができない。現場の人間のみが保持している主観的な暗黙知を、無理やり客観的なデータに変換してしまおうとする彼らは、経済過程にとって本質的な要素を知らず知らずのうちに削ぎ落としてしまうのである。分配主義による「合理的」な経済運営は、イノベーションも進化もない、極めて静態的な社会を帰結するであろう。
【無知の承認による自由の擁護】
以上のハイエクの知識論から、「自由」は如何にして帰結するのであろうか?ハイエクは、「無知の承認」という独特のやり方で自由を擁護している。一言で言えば、「自由が必要なのは、それを放棄できるほど我々は賢くないからだ」ということになる。ハイエク自身はこう述べる。
自由が必要なのは自由な状態が幸福だからではなく、どうやったら幸福になれるのか我々が知らないからだ。自由を要請するのは何らかの恣意的な価値判断ではなく、我々が直面する「理性の限界」という不可避的境遇である。この事実を弁えず、社会を合理的に設計・計画しようとする傲慢な理性主義こそが、ハイエクの批判する設計主義に他ならない。
仲正氏はハイエクの思想史的アプローチに焦点を当てて彼の設計主義批判を素描している。仲正氏の整理は要領を得ていて非常に分かりやすいと思うが、(本人も序章で予め断っている通り)、ハイエクの「知識」に関する議論や科学哲学的な議論が省かれているので、ハイエクの設計主義批判がある種の独断論ないし極論に聞こえてしまう箇所もあったように思う。例えば、「マルクス主義や社会民主主義が集産主義的な傾向を示しているのは、経済を中心とした社会的な「平等」を達成するため、生産様式や交換過程を規制しようとしているだけであって……」(p.34) 云々とあるが、これに対する仲正氏の(ハイエク側からの)反論は思想史的なものだけなので、かなり弱い。「社会主義」と「ファシズム」の結びつきは本当に必然的なのだろうか?経済の規制・計画化の何がいけないのか?結局、「平等」を優先するか「自由」を優先するかの価値判断の問題ではないのか?これらの疑問に応えるために、ハイエクの知識論を簡単に紹介してみたい。
【知識の分業体系としての市場】
ハイエクの思想体系を「市場の哲学」と呼ぶとすれば、その根幹を成すのは彼の「知識」に関する洞察である。その要旨を、大まかに三つにテーゼにまとめることができると思う。すなわち、
(1) 経済過程を可能にする知識は無数の個々人に分散して局所的・断片的に存在している。
(2) その知識の大部分は「暗黙知」(tacit knowledge)であり、言語化・分節化できない。
(3) 価格情報は、これら分散的・暗黙的な知識を集約的に表現する「指標」である。価格情報は知識の集約の結果であると同時に、新たな知識を形成する原因でもある。
さて、詳しく説明しよう。(なお、(3) に関しては紙幅の都合上割愛する)。
経済過程とは、一言で言えば「相互に異なり、場合によっては対立さえする多数の目的・計画を調和(coordinate)させる」プロセスである。当然のことながら、社会の全成員の目的が予め一致しているなんてことはあり得ない(それだったら経済現象がそもそも起こり得ない)。一方には米を需要する消費者がいて、他方には米を供給する生産者がいるからこそ、経済過程が成立する。問題は、この過程がどう行われるかである。従来の方法は、貨幣を媒介にした市場交換である。これに対して社会主義をはじめとする集産主義者は、財の「分配」を主張する。分配主義は、一見合理的に見える。中央計画当局が、すべての財に関する社会的需要を予め統計的に調査しておいて、その需要に応じて必要な分だけ生産するよう各工場に指令を出せばいい。このため、需給の過不足は生じないし、なによりプロセス全体が意識的に遂行されるので、正義に適った「平等」な分配を実現できるのだ。しかし、ハイエクは二つの点においてこの分配主義に噛み付く。
まず第一に、人々が保持している(利用可能な資源や生産にかかる時間などに関する)局所的・分散的な知識をすべて中央計画当局に集めるには、情報量があまりにも膨大過ぎる。仮に集めることができたとしても、そこから需給の最適な均衡解を導出するには、ほぼ無限大の計算速度が必要になる。市場機構による局所的・分散的な情報処理に比べて、いったん中央当局に社会全体の知識を集めて、均衡解を計算して、再び上意下達方式で指令を下すというやり方は、明らかに二度手間である。経済状況は刻一刻と変転するので、分配政策が本来の市場機構の効率性に追い付くことは到底不可能である。
そして第二の問題点はさらに深刻である。経済過程を可能にする知識のほとんどは、マイケル・ポランニーの言うところの「暗黙知」(言語化・分節化することのできない知識)として保持されているとハイエクは言う。現場の人間にしか把握できない、その場その場の暗黙的・実践的な知恵こそが、経済過程において本質的である。というのも、このような暗黙的な知識こそが、新たな知識の「発見」と密接に関わっているからだ。そしてハイエクによれば、市場競争とは新たな知識を「発見」する模索のプロセスに他ならない。どのような新商品を開発すれば売れるか、どのような製作工程を採用すれば価格を安く抑えられるか、生産者や企業家は様々な工夫を凝らし、試行錯誤のプロセスを経て品質を改良し、価格を安くし、時には画期的なイノベーションや発明を行う。これらの商品は不特定多数の匿名的消費者による選択的淘汰に晒されることによって、経済はダイナミックに生成変化する。集産主義者たちの素朴な経済観では、市場機構のこの「学習」のダイナミズムを捉えることができない。現場の人間のみが保持している主観的な暗黙知を、無理やり客観的なデータに変換してしまおうとする彼らは、経済過程にとって本質的な要素を知らず知らずのうちに削ぎ落としてしまうのである。分配主義による「合理的」な経済運営は、イノベーションも進化もない、極めて静態的な社会を帰結するであろう。
【無知の承認による自由の擁護】
以上のハイエクの知識論から、「自由」は如何にして帰結するのであろうか?ハイエクは、「無知の承認」という独特のやり方で自由を擁護している。一言で言えば、「自由が必要なのは、それを放棄できるほど我々は賢くないからだ」ということになる。ハイエク自身はこう述べる。
もし全知全能の人がいて、われわれの現在の願望の達成に影響するすべての要素ばかりでなく、われわれの将来の欲望と願望をも知ることができるとしたら、自由の必要はほとんどないだろう。逆に、個人の自由は将来についての予測を完全に不可能にする。したがって自由は、予測も予言もできない未知の可能性を開くために必要なのだ。……人々が知っていることはあまりにも少なく、とくにだれがもっともよく知っているかを知らないから、われわれは多くの人々の独立した行動と競争的な努力によって、望ましい未来が自発的に生まれることを信じるのだ。(『自由の条件』、p.29)
自由が必要なのは自由な状態が幸福だからではなく、どうやったら幸福になれるのか我々が知らないからだ。自由を要請するのは何らかの恣意的な価値判断ではなく、我々が直面する「理性の限界」という不可避的境遇である。この事実を弁えず、社会を合理的に設計・計画しようとする傲慢な理性主義こそが、ハイエクの批判する設計主義に他ならない。
2011年10月15日土曜日
タルドの社会理論と「法則」に関するメモ
タルドの社会理論は非常にいい感じだけど、微かに設計主義の残り香を感じてしまう。実際に読んでないのでなんとも言えないが、例えば『社会法則』ではこう述べられている。
集合的実体としての社会概念を拒否し、伝統的なミクロ/マクロ図式を解体するタルドは、間違いなく異才の思想家であったと言えよう。しかしそんな異才の思想家でさえ、法則を「命令者」としてしか理解できなかったことは、同時代の抗い難い知的雰囲気を物語っているように思う。
ここに至れば、タルドの社会理論は――「社会」の集合的実在を否定する点でなるほどデュルケームのそれとは両立し得ないが――スペンサーの社会進化論の系譜とは両立し得るのではないかと思えてくる。ハイエクの社会理論がまさにその位置にあるように思う。 つまり、ハイエクの社会理論はタルドの社会唯名論とスペンサーの社会進化論をうまい具合に調合したものとして理解できるのではないか。もちろん、ある程度の摩擦はある。よく言われる、方法論的個人主義と文化的進化論の方法論的整合性の問題がそれである。また、管見の限りハイエクがタルドに言及している箇所はないし、その存在を知っていたのかどうかすら定かではないので、思想史的にハイエクとタルドの関係については何も言えない。
「そのような美しい調和が起こるためには、その調和が実現される以前に、誰かによって認識されなければならない。社会的調和は、それが広大な領域を覆うようになる以前に、なんらかの脳細胞のなかで、ひとつの観念として存在することがなかったとしたら、そもそも起こりえないのである」(94項)これは科学や芸術について言えば確かにその通りかもしれないが、社会的現象一般には当てはまらないように思う。例えば言語とか経済。そこには、ひとりの成員の脳には還元できない独自の構造性があるのだ。『モナド論と社会学』ではこうも述べられている。
「ライプニッツは〈予定調和〉というものを発明しなければならなかった。それと同じ理由から、物理主義者たちは、〈盲目的に漂う原子〉という考え方を補足するために、普遍法則や特殊公式に頼らざるを得ない。そして彼らは、それにあらゆる法則を還元し、あらゆる存在がそれに従うような、しかしそれ自体はいかなる存在にも由来しないような、一種の神秘的命令をでっちあげる。しかし、これまで誰からも発せられたことがないにもかかわらず、いたるところでつねに聞かされるそのような命令は、理解不能で意味不明の言葉と変わらない」(160項)タルドは、デュルケームの社会実在論の系譜と、スペンサーの社会進化論の系譜の両方を退ける。その根拠となるのは、成員の行為を命令する法則の存在の否定である。確かに、タルドが述べるような種類の法則は存在しないと言えよう。しかし、成員の行為を「外側」から命令・規制する法則だけが法則ではない。複雑系やサイバネティク・システムに見られるような、要素の自律的運動それ自体が法則として顕れるケースもあり得るのだ。そして、社会的現象において見られる再帰的な構造性は、この後者の種類の法則性に他ならない。それは、成員たちの行為の必然的帰結であるにもかかわらず、どの成員の精神内心理を探っても出てこない独自のパターンや振る舞いを示す。タルドは「精神間心理学」(interpsychology)を「精神内心理学」(intra-psychology)に対置して見せたにも関わらず、この精神間心理が示す独自の法則性に気付いていなかったのではないか。同時代のほとんどの社会学者と同様、スミスが「見えざる手」によって意味したものを彼は理解していなかったのではないか。この法則性は、成員たちの振る舞いを一つ上の階層から指揮する命令者のようなものではなく、細胞の自己組織化から銀河集団の形成に至るまで、あらゆる自然現象を縦に貫く物理学の法則なのである。〈予定調和〉は存在する。神は存在するのである。上空に君臨する指揮者としてではなく、モナドの振る舞いそれ自体に内在する形で。
集合的実体としての社会概念を拒否し、伝統的なミクロ/マクロ図式を解体するタルドは、間違いなく異才の思想家であったと言えよう。しかしそんな異才の思想家でさえ、法則を「命令者」としてしか理解できなかったことは、同時代の抗い難い知的雰囲気を物語っているように思う。
ここに至れば、タルドの社会理論は――「社会」の集合的実在を否定する点でなるほどデュルケームのそれとは両立し得ないが――スペンサーの社会進化論の系譜とは両立し得るのではないかと思えてくる。ハイエクの社会理論がまさにその位置にあるように思う。 つまり、ハイエクの社会理論はタルドの社会唯名論とスペンサーの社会進化論をうまい具合に調合したものとして理解できるのではないか。もちろん、ある程度の摩擦はある。よく言われる、方法論的個人主義と文化的進化論の方法論的整合性の問題がそれである。また、管見の限りハイエクがタルドに言及している箇所はないし、その存在を知っていたのかどうかすら定かではないので、思想史的にハイエクとタルドの関係については何も言えない。
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